2018/07/15

立体音響システムの機材選び



立体音場生成に適したハードウェアは少ない。
やはり要なのはスピーカーなのですが、要求を満たす仕様の製品はなかなかありません。

ACOUSTIC FIELDではここ数年、CODA D5-Cubeを使う事が多いです。(7m四方以内の再生環境において)
音は良くパワーもあり扱いやすく、様々なコンテンツに対応出来るスピーカーなので助かっています。
ただサイズが小さいので90Hz以下はあまり出ません。
マルチチャンネルの再生ではリスニング位置において低域が増える傾向にはなるものの、70Hzくらいまでは出てくれるととても楽になります。


CODA D5-Cube


世の中には高性能なモニタースピーカーは数多くありますが、それらは全て2Mix用、あるいは水平のサラウンドをターゲットに設計されているため、高さ方向のある立体音響システムに使おうとすると、調整が難しくなります。

ハイトサラウンドに対応したスタジオでも従来のモニタースピーカーを設置しているところがほとんどですが、要求の高い研究やアーティストが望む質の高い立体音場を生成するには十分とは言えません。

何が異なるのか?
まず左右と同じ上下の繋がりを考慮する必要があります。
それにはスピーカーの指向特性の左右と上下が同じである事、スピーカーの中心一点に音源がある事が問われます。
つまりフルレンジ1ユニットか、同軸2wayと言った仕様となります。
左右と上下だけでなく斜めも当然均一な指向特性が望ましいのでエンクロージャーは球体が理想となります。
そうすれば、リスニングエリアで均一で自然な立体音場を作り易くなります。
スピーカーの設置距離が短い場合は、前面にバスレフポートのあるスピーカーも適しません。


以前マルチチャンネル再生用のスピーカー選びが某所で行われた際、2Mix用モニタースピーカーを選ぶ時と同じ様に1台のスピーカーの音質に担当者はこだわっていましたが、上下の繋がりや多数で鳴らした時のバランスは全く考慮されていませんでした。(すごく縦長のスピーカーがあるなど)
単にマルチチャンネル再生のシステム構築であれば、スピーカー単体の性能を重視し、その1台毎のチャンネル再生の寄せ集めと考えて良いと思いますが、スピーカーの数量を掛け合わせる様に一つの立体音場を生成する立体音響システムでは、スピーカー同士の自然な繋がりを考慮する必要があります。

それによりスピーカーが鳴るのか、空間で音が鳴るのかの違いが生まれます。

最終的にその際は同軸2Wayのパワードスピーカーか選ばれたわけですが、目的から考えて妥当な選択になったと思います。

音楽制作に長く携わってきた現場では、従来の中層+上層と言った高さ方向を無意識にレイヤー化し区別した見方をしがちですが、立体音響システムでは上も下も前も後ろも区別なく同等に扱うことを自然と考えます。


CODA D5-Cube
ONE OK ROCK "LIVE SENSATION" @ SHIVUYA-TSUTAYA
evala "hearing things #Metronome"
evala "See by Your Ears" @ Sonar+D
evala "Our Muse @ Asia Culture Center"
・建設関係R&D数社

KSdigital C5-Coax(生産終了品)
・NHK 22.2ch対応音声中継車SA-1

ECLIPSE TDシリーズ

Anthony Gallo (Gallo Acoustics) A'Diva Ti(生産終了品)
evala "Our Muse & 大きな耳をもったキツネ" @ ICC


Anthony Gallo A'Diva Ti


それから再生環境が広くなればスピーカーも大きなものを使う必要がありますが、そちらは理想的なスピーカーが無く、それ以前に広ければそれだけ立体音場が作りづらくなると言う別問題が出てきます。

空間についてはまた別途書きたいと思っています。


パワーアンプ
マルチチャンネルのパワーアンプはグレートの違いが少なく、価格の違いはパワーの違いによる事が多いと思います。
また、アンプの設置場所=再生場所の場合は、ファンレスのアンプが必要です。
そうなれば選択肢はだいぶ狭まります。
だからと言ってアンプは何でもいい、とは絶対に考え無い方が良く、スピーカーを活かすも殺すもアンプであり、特にマルチチャンネルの場合はチャンネルセパレーションやレベル誤差など、様々な、要素が立体音場の質を崩して行きます。
酷い製品だとそのせいで立体に聴こえなくなる、なんて事も起きますので注意してください。

スピーカーと同じく、再生環境が広くなれば高出力のアンプが必要となりますが、マルチチャンネルアンプの種類は少なくなります。
その場合は種類が豊富な2chパワーアンプを必要台数揃えます。


ファンレス マルチチャンネル パワーアンプ
CROWN CT4150 & CT8150



DAコンバーターやオーディオインターフェースで気を付けなくてはならないのはデジタルのシンク。

トラブルを無くすには、必要とされるチャンネル数を1台でカバー出来る製品を使う事。
つまり12スピーカーのシステムであれば16chの製品を、24スピーカーであれば32chの製品を選ぶと言うこと。

仕方なくDAコンバーターを2台にするのであれば、マスタークロックを導入し、2台にクロックを送ること。
もちろんDAコンバーターの前段の機器にも、それだけでなく全てのデジタル機器にクロックを送ることです。
DAコンバーターをインプットロックで使っても良いですが、その場合は上流の機器から完全にシンクした2つの出力が2台のDAコンバーターへ送られている必要があります。

それでも絶対に大丈夫とは言えないので、その見分けが付かないなら、安全をとってマスタークロックを使った方が良いです。
ちなみに見分けるためにはデジタルオーディオ機器の接続経験とその知識がかなり必要。
インプットとエクスターナルでロックの方法は同じか、リクロックされるのかしないのか、そもそもの性能は。
さらに単体での製品知識だけでなく、製品AやBとの組み合わせはどうか?
それらを経験と知識を持って判断しないといけません。


マスタークロックジェネレーター
TASCAM CGシリーズ


オーディオインターフェースもDAコンバーター同様出来る限り1台で全chをカバーした方が良いです。と言うかそうすべきです。
1つのPCに2台のオーディオインターフェースをUSBで接続した場合、2台のオーディオインターフェース間で極々僅かなズレが発生する事があります。
それは普通に音楽などのマルチチャンネル再生をしていても気付かないと思うレベルのズレです。

過去にとてもセンシティブなシステムを納入する際に気付いたのですが、解決策を見つける事が出来ませんでした。
その時のシステムは12スピーカーを再生するもので、オーディオインターフェースは6chのものを2台使用。
理由はその当時16chのDAコンバーターが高価だったため予算内に収まらなかったから。

この場合、異なるオーディオインターフェースから出力されている隣り合うスピーカー間で、本来の定位から僅かにズレて再生されてしまう事がありました。
これが毎回起動時に確実に起こるのではなく、7割くらいの率で発生する症状で、恐らくUSB接続にある遅延が厳密に安定した値でないからでは?と言う見解にいたり、実際の原因は掴めていません。
これはマスタークロックを使っても改善しません。

他にも複雑なデジタル接続となるシステムで、Ambisonicsの音源が立体的に再生されないと言う事例もありました。
こちらはマスタークロックを使う事により解決。


この様に、複数台のスピーカーで一つの立体音場を生成するには、スピーカーから音が出るまでに起こるチャンネル毎の遅延やセパレーションには気を使うべきです。

一番簡単な方法は、必要なチャンネル数を1台でカバー出来る製品を使い、システムを出来る限りシンプルにする事。

立体音響はシステムを組めば終わりでは無く、狙い通りの立体音場が生成されるために調整を行いますし、サウンドインスタレーションであればシステム設置後に作品制作の時間が必要ですので、システムのトラブルは避けないといけません。
それには信頼性の高い製品を使いトラブルの無いシステムを組むことが重要となります。


ACOUSTIC FIELDでは、オーディオインターフェースに長年RME製品を使用していますが、その理由は信頼性と柔軟性です。
安定したオーディオドライバによる、PCとそのアプリとの動作における信頼性。
TotalMixの機能とデジタル機器同士の接続における柔軟性。
独自開発のStedyClockによるリクロックの恩恵なのか、マスタークロックを使用しなくてもデジタル機器接続のトラブルが少なく、ある程度の融通が利く所(その判断は難しい)も助かります。
あとはサポート体制が整っている事です。


RME MADIface XT オーディオインターフェース
Ferrofish A16 MK-II 16ch AD/DAコンバーター
CROWN CT4150 4chパワーアンプ


オーディオインターフェース
RME MADIface XT
RME Fireface 802
RME HDSPe MADI FX
RME MADIface Pro

AD/DAコンバーター
・Ferrofish A16 MK-II(生産終了)
Ferrofish A32
Ferrrofish Pulse16 MX



今回紹介している製品は、決してハイエンドなハードウェアでは無く、どちらかと言えばエントリークラスの物も含まれています。

チャンネル数が増える立体音響システムでは、ハードウェアの費用が通常よりも掛かります。
予算的に何でも選択出来る訳では無い中、必要な性能を持った製品選びをすることが求められます。
もし、2スピーカーで最善のシステムを組む様に、マルチチャンネル再生用のシステムを組めたなら、更なる没入感レベルを持った立体音場が作れる気がしますが、8ch 150万円で済んでいたものが1000万円とかになってしまうので現実的では無いですね。

音を良くする製品では無く、まずは音を悪くしない製品選びを心がけましょう。


あと最後に、
空間で鳴るような音の表現を作るのはアーティストの能力でありシステムの性能ではありません。
よいシステムは、その制作をより助ける事が出来る、だけです。



2018/07/03

バイノーラルマイク

誰でも比較的気軽に立体音場を体験出来るバイノーラル録音。

自分で楽しむだけであればマイクを自作する事も出来ますし、一方でクオリティを突き詰め高臨場感の作品を制作する事も出来る立体音響の代表格ですね。

今回はそのマイクに付いて、これまでの経験から得た事を書きます。


まず、全てのバイノーラル用マイクに共通となるその目的ですか、それは人が聴く全方位の音環境を丸ごと収める事です。

丸ごとなので、必要で無い音も録れてしまう事になります。

そのことを忘れ、何を作るかに関わらず、立体音響作品だからとバイノーラルマイクを持って来て録音すると失敗します。


野球の試合のスタンドにバイノーラルマイクを置いた場合、良い事はそのままの臨場感を録れること、悪い事は近くにいる人の話し声が一番大きく録れる事です。
それでは放送や録音作品には使えません。(話し声も臨場感ですが)

コンサートを録音する場合、演奏と響きと観客などそのままの臨場感を録れるのは良い事ですが、演奏が聴きづらくても直すことは出来ません。

演奏をしっかり押さえたいのであれば、演奏を録るための録音プランを立てるべきです。
バイノーラル録音がすべてには成り得ません。

また、耳型の付いた物をバイノーラル用マイクだとすると、通常の録音に使うマイクと仮に同じグレードのバイノーラルマイクがあったとすれば、比較すると必ず音は悪くなります。
マイクに障害となる造形物を取り付けている訳ですから当然です。

そうした事もあり、全方位の音を聴く自然環境音の録音には向いていると思いますが、空間の一部にフォーカスして聴く様な音楽録音には向かないと思っています。

単純に良い音で録れないですし、不要な音が多くそれを後から調整する事も出来ないからです。

バイノーラル録音は、全方位の音をすべて聴き感じ取る様な立体音場の表現が必要な際のみ使うようにしています。

その音場の中には不必要な音もあり、それをマスキングするかどうかは聴く人に委ねる場合です。



ではどの様なマイクを使うのか。



イヤホン型

まず、最も手軽に購入出来、気軽に使え楽しめるのが、イヤホン型のマイクです。
最初に買うのはこのタイプのマイクがいいと思います。
良いマイク選びをし、録音に慣れることで、バイノーラルと言うものが何となく分かって来ます。



音質面はそこそこなので、制作にはもっと良いマイクを使いたいですが、テスト録音やマイクを設置出来ない場所での使用に重宝します。
何より常に携帯してフィールド録音を楽しめるのがいいですね。

気になるところと言えば、自分の耳に装着して録音しますので、自分のHRTFになってしまうところかと思いますが、自分以外誰が聴いても立体音場が得られないHRTFの持ち主を除き、他人が聴いてもバイノーラルらしさが無くなる事はあまりありません。

逆に各々のHRTFでの音の違いなど、色々と実験が出来ます。


イヤホン型バイノーラルマイク録音による音源
"Hard Rain and Thunder"
mic: OKM II CXS Solo
recoder: ORYMPUS LS-10



大雨の感じが出るくらいの音量で聴くようにします。
臨場感を得るには適切な音量調整も重要です。
大き過ぎても小さ過ぎてもダメです。

※非圧縮の音源が下記リンクよりダウンロード出来ます。
環境音は圧縮してしまうと音質が大きく落ちてしまう事が比較すると分かります。
これも立体音場生成には重要な知識です。

"Hard Rain and Thunder"非圧縮音源



簡易型

耳型と、そこへ音を伝達させるための最小限の円盤で構成されたマイク。
頭部が無いのでHRTFでは無く、この型のマイクは耳型頼りの製品となります。

確かに、バイノーラルの効果はマイクの位置と耳型がかなりを占めると聞くので、成り立っていると思いますが、あくまでもバイノーラルマイクと言う位置付けをギリギリ満たす性能を確保しつつ、省ける物をすべて省いたマイクだと思っています。

人には顔があり、顔には鼻があります。

正面から受けた音も直接耳に届く音だけで無く、鼻から頬を伝い耳に遅れて届く音も聴いているので、それが無いこの型のマイクで録音された音は、前方と後方の音に奥行きが無く、サウンドも中抜けした様な音になります。

両耳間を樽形状にし多少なりとも音の流れを作ろうとする製品もありますが、やはり前方の不自然さは残ります。

中にはプロ向けに高性能なマイクを使うモデルがありますが、それなりの金額となり、であればダミーヘッドを、高音質録音をしたいなら通常のマイクによる録音をした方が良いと思っています。



ダミーヘッド型

頭部の形状をしたマイクです。
ノイマンが有名ですね。
恐らく以前は計測器用としてのダミーヘッドマイクばかりで、録音用として業務用のレコーダーと簡単に接続できる製品が他に無く、中でもノイマンのKU100が比較的安価であったから、だと思うのですが、現在もこのマイクを愛用するプロの録音家は多いです。

ちなみにダミーヘッドマイクは、頭部だけをモデル化したマイクを指し、胴体も含んだマイクはHATS(ハッツ:Head and Torso Simulator)と呼ばれています。

研究ではHATSが使われることが多く、ダミーヘッドは殆ど見かけません。

KU100を見ると、顔の形状が滑らかでないことが分かると思います。
これは想像ですが、耳へ伝達させる音の量を多くするデザインでは無いかと考えています。
簡易型の円盤部分をより広範囲にしている、と思ってください。
また、頬のあたりにはっきりとエッジがありますが、専門家の話に寄ればこうした滑らかで無い部分では必ず乱れが発生するそうなので、正面から受けた音と横から受けた音の扱いをある程度分けてデザインしているのかも知れません。
この方が斜め前方の定位が出やすいとか... 分かりませんが何か理由があって。


HATSの中で最も多く使ったことがあるのは、Bruel & Kjaerの製品です。
これを使用してのバイノーラル録音、インパルス応答の測定は相当数しました。



写真の様に頭部は意外とリアルな凹凸が無く、滑らかなデザインとなっています。

最近は殆どインパルス応答の測定をしなくなりましたが、過去には自動車メーカー、オーディオメーカー、家電メーカー、通信会社などでインパルス応答測定によるIRを使用したシステム開発を行った事がありますが、いずれも良い結果となりました。
機会があれば事例を紹介したいと思っています。

これら計測器メーカーのマイクは非常に高価です。
インパル応答測定には良いのですが、測定が主となるマイク特性であることが多く、録音に適しているかと言うと、そうとも限りません。
また外耳にマイクが取り付けられたタイプは音質を望めません。
録音に用いる場合は外耳の入り口に口径の大きなマイクが使われている方が望ましいです。


もう少し安価で、手軽に録音も出来、バイノーラルの特性を正確に出せそうな製品は無いかと思っていた所に発売されたのが、サザン音響のダミーヘッドマイクでした。

サザン音響製のマイクは、シンプルで滑らかな凹凸を持った頭部モデルに最小限ではありますが肩周りがあり、一応HATSになります。
肩からの音の反射もバイノーラル録音に置いては影響が大きいので必要だと思っています。(服を着せることもある)
高周波の音源を顔の周りで動かすと、顔の凹凸が感じ取れるくらい滑らかなHRTFをしています。

もともと開発者と面識があったこともあり、色々とお話を伺いSAMREC Type 2700 Pro と言う、マイクとイヤーモデルが変更されたものを購入しました。

48Vファンタム電源なので、プロ用のHAと接続して使用することが出来ます。



バイノーラル録音は環境を丸ごと録るので、その空気感をどれだけ上手く録ることが出来るかが立体音場の質を大きく左右します。
よって、HA選びは大変重要です。

2014年に制作されたハウステンボスの「ナイトメア・ラボ」では、このSAMRECを使い、HAにはSytek MPX-4A、レコーダーにはKORGのMR-2000Sを使いDSDレコーディングしています。
DSD録音の音は生々しさがあることで知られていますが、それは立体音場生成にも同じ様に生きてきます。
作品ではそれをアンビエント素材としてのみ使用しました。下地作り、ですね。
現実の音と現実には無い音を、時には区別させ、時には区別させない様に再生したかったため、サウンドを担当したevala氏の発案でDSD録音までしたわけです。
そうしたこだわりが気付かぬ間の没入感を生む事にもなります。


ダミーヘッド型バイノーラルマイク録音による音源
"ナイトメア・ラボ-テスト録音"
mic: サザン音響 SAMREC Type 2700 Pro
recoder: KORG MR-2000S

DSD音源ファイル(5.6MHz)

PCM音源ファイル(48kHz)

DSD音源を再生出来る人は、PCMの48kHzへ変換したものと比較試聴してみてください。
だいたいこの程度の空気感に変化が出ます。
ただ、元がDSDだと言う事、そしてマイク、HAなどシステムを整えれば、48kHzに変換してもかなりリアルな立体音場を再生できます。

バイノーラル録音用のマイクを使えばVRになるわけではありません。

そしてもう1つ重要なのが再生装置、つまりヘッドフォンなどの選択です。
ハイレゾを意識して高域がやたらキレイな昨今のヘッドフォンは、帰ってリアル感を損なわせてしまう事にもなります。
ヘッドフォンについてはまた別途書きたいと思います。


あらためて最後に、
バイノーラル録音は全方位における頭外定位の音像や場の雰囲気を録る物。

です。