2019/12/29

2019を振り返る -前編-

2018年は充電期間的な位置づけで、
確かめたり、経験を積んだり、土台を作ったりしていました。
もちろん「2018を振り返る」ブログにもある通り休んでいた分けではなく、とても充実した年を過ごせたと思っています。

果たしてそれらは2019年への布石となったのか?


2019年
1月

年始をインフルエンザからスタートし、まず始めのイベントは「B.LIVE in TOKYO」。
https://basketballking.jp/news/japan/20190301/138133.html?cx_tag=page1

これは富山市総合体育館で行われたプロバスケットボールのオールスター戦「B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2019」を、品川のステラボールで生中継するライブビューイングイベントです。

音響の裏テーマが、いかに小規模な収音システムで臨場感を最大限に出すか。

もうお分かりの方も多いと思いますが、試合会場にAmbisonics対応のA-formatマイクを設置し、ステラボールにてスピーカー配置に応じたスピーカーデコードを行うと言うものです。


富山の試合会場に設置したSOUNDFIELD SPS200マイク

本番1か月前に数種類のA-formatマイクを
富山会場に持ち込み録音テストが行われた


このイベントに始めて参加し、システム的には良いものが作れましたが、音響的には十分な時間とコミュニケーションが取れず、フラストレーションが貯まる結果に。

しかし、そこで得たものは多くあります。
裏テーマの実現は以前から提唱していたものであり、たった1本のマイクで臨場感あるサラウンド表現が可能なAmbisonicsをスポーツ中継に活かすことは、システムをシンプルに構築しながらも臨場感を出せるという大きな利点があります。
そのために大切なのが、シンプルであればこそマイクの設置位置とスピーカーの選定と配置が重要になると言うこと。
Ambisonicsの基本はそこにあります。


品川のLV会場のシステム
Ambisonicsとガンマイクの音をHPLのヘッドフォンモニタリングでミックス


また、とにかく現場で音出し調整を行う時間もほぼ無い状況であったため、リハーサルからずっとHPLバイノーラルプロセッシングによるヘッドフォンモニタリングを行い、ミックスを作り上げて行きました。それが無ければ無理でした。
このあたりから、PA現場でHPLによるヘッドフォンモニタリングを積極的に使用することになって行きます。



2月

メディアアンビショントウキョウでのインスタレーション「Synesthesia X1-2.44 / Synesthesia Lab feat. evala」
http://evala.jp/Synesthesia-Lab-feat-evala-Synesthesia-X1-2-44-Media-Ambition-Tokyo

Synesthesia X1-2.44


これは2個のスピーカーと44個の振動子からなる、シナスタジアラボ開発の2.44ch共感覚体験装置。
その装置を使い、体験者の身体そのものが媒介となる新たな音楽体験を、サウンドアーティストevala氏が作り上げています。

2019年に関わった作品で、スピーカー2台で行う音体験ものが2つあります。
一つがこの「Synesthesia X1-2.44」。
もう一つが後で記す「Lenna」ICCバージョン。
いずれも2スピーカーでありながら、それとは思えない音空間を生み出している作品ですが、その手法はまったく異なります。

この「Synesthesia X1-2.44」は、2個のスピーカーと44個の振動子が連動連鎖しており、それをアーティストの手腕で体験者に対し様々な音感覚として提示していくもの。
アーティストが装置を拡張していくかの様な面白さを感じました。
よって、この作品では音響システムとしての安定性確保やスピーカーの設置と言った普通のサポート以外の事はしていません。



3月

Synesthesia X1-2.44とはまた違った感覚体験を作るのが、SXSW2019(AUSTIN)に出展したInvisible VR「Caico」。
https://invisiblevr.net/

資生堂の香料開発チームとevala氏とのコラボレーションにより生まれた音と香りのインスタレーション作品です。

この作品のサウンドはヘッドフォン再生で、HPLのバイノーラルプロセッシング技術による自然な立体感とその音により移り行く香りの変化が、やわらかな白昼夢のような体験へと誘うものです。


HPLとしては、同時期に収録されていた中京テレビ放送「ササシマMUSIC BASE」があります。
https://www.ctv.co.jp/sasamu/




テレビ局の収録スタジオにて行われるライブをサラウンド放送するこの番組で(現在は放送終了)、5.1chミックスがHPL化され副音声chで放送されました。
残念ながら全国放送ではなく、オンデマンドも無かったためアーカイブがありません。
11月のInterBEEを含め何度か番組素材を使用させていただいたので、目にした人は多いはず。

この番組で、始めてHPLプロセッシングを調整無しで行い、任意のchを入力すればバイノーラル化された2chが出力され、そのまま使用出来ることを確認できました。
それまでは、最適化するに辺りマスタリングの如くちょっとしたEQ処理を行っていましたが、ハードウェア版HPLプロセッサー(RA-6020-HPL)用に開発したHPLフィルターではそれが必要なく、ハードウェアが発売されればコンバーターとしてノーオペレーションでHPL音源化できることを証明したわけです。

昔はスタジオライブを放送する深夜番組があったのですが、今はそうしたものが無く淋しいですね。スタジオライブは音も映像もよく楽しいので。



4月

「Lenna」Miyu Hosoi の制作に多くの時間を割いた月。
https://miyuhosoi.com/lenna/

この作品は、自分が提唱して来たサラウンドの制作環境とリスニング環境に対する考え方を、実に分かりやすく説明してくれます。

HPLを始めたのも、サラウンドサウンドの普及のための活動も、すべては新しい音楽の誕生への弊害を無くし、さらにそれを聴く環境も構築すべきと言う願いであり、それを実現していくためには多くの人の手で変えていく必要があるのですが、「Lenna」はそれを担う作品として、様々なメッセージを投げかけてくれる素晴らしい作品となりました。

アーティストとエンジニア、お互いが出来ることを出しあい制作すれば、色々な意味で今最も難易度の高い22.2chの音楽制作であっても作ることができ、聴くこともできる。
しかも、エンジニアリングに対し送られる日本プロ音楽録音賞で優秀賞を受賞出来るレベルの作品としてそれが可能だと、若い世代のクリエイター達が証明してくれたのが本当に嬉しい。
そのことが制作側のやる気に火をつけてくれないかと心底期待しています。

「Lenna」の持つ意味については、本ブログの「30年後に向けてやること」にも記していますのでご参照ください。



5月

その「Lenna」が、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]の「オープン・スペース2019 別の見方で」展の無響室に展示されます。
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/lenna/

「Synesthesia X1-2.44」がアーティストにより生み出された音空間生成なのに対し、こちらは音響技術で音空間生成したインスタレーション。
同じ2スピーカーですが、「Lenna」は22.2chの完成された音楽データなので、その作品を ”どう聴かすか” アーティストが直接的にアプローチしている「Synesthesia X1-2.44」とは異なり、完成品を音響技術で ”どう鳴らし、どう聴かすか” を考え仕上げるものになります。

その設置調整はエンジニアにとって大変楽しい時間となりました。
最後は、出力を-0.1dB下げるかどうか悩み、結果-0.05dBだけ下げたことを憶えています。
それに意味があるのかと思いますよね?
座る人が違えば耳の位置も聴力も変わりますし、0.1dBでも無意味な数値だと思います。
しかしそうした調整に至るまでの段階で、すでに身長の違いなどを加味した調整は作品として成立するレベルで完了した後の話で、さらにもうワンステップ踏み込んだ調整段階での話となります。
それをするかしないかが、とても大きな差となり体験者には伝わります。
そうした最終的な調整では、他の人の耳位置などは意識せず、自分が最も気持ちよいと思う音に仕上げます。
結果的に自分が気持ちよいと思える音で無ければ、他の人が聴いて気持ちよい音には成り得ないと思っています。
自分はそうでもないけど、人が聴いたら気持ちよい音を狙って作るなど不可能です。

0.0dBか-0.1dBかで悩んだ結果答えが出なかったので、間を取って-0.05dBにした、と言う話です。


Lenna ICC 制作風景 - 無響室に2日間


2スピーカーによる立体音場生成に真剣に向き合ったのはものすごく久しぶりでしたが、これをきっかけに、その後のいくつかの案件で2スピーカーによる立体音響システムを提案する流れになって行ったので不思議なものです。


そして6月へと入っていくのですが、
全体的に長くなってきたので前後半に分けてアップしようと思います。
と言うわけで、2019年の前半はここまで。


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