2018/07/03

バイノーラルマイク

誰でも比較的気軽に立体音場を体験出来るバイノーラル録音。

自分で楽しむだけであればマイクを自作する事も出来ますし、一方でクオリティを突き詰め高臨場感の作品を制作する事も出来る立体音響の代表格ですね。

今回はそのマイクに付いて、これまでの経験から得た事を書きます。


まず、全てのバイノーラル用マイクに共通となるその目的ですか、それは人が聴く全方位の音環境を丸ごと収める事です。

丸ごとなので、必要で無い音も録れてしまう事になります。

そのことを忘れ、何を作るかに関わらず、立体音響作品だからとバイノーラルマイクを持って来て録音すると失敗します。


野球の試合のスタンドにバイノーラルマイクを置いた場合、良い事はそのままの臨場感を録れること、悪い事は近くにいる人の話し声が一番大きく録れる事です。
それでは放送や録音作品には使えません。(話し声も臨場感ですが)

コンサートを録音する場合、演奏と響きと観客などそのままの臨場感を録れるのは良い事ですが、演奏が聴きづらくても直すことは出来ません。

演奏をしっかり押さえたいのであれば、演奏を録るための録音プランを立てるべきです。
バイノーラル録音がすべてには成り得ません。

また、耳型の付いた物をバイノーラル用マイクだとすると、通常の録音に使うマイクと仮に同じグレードのバイノーラルマイクがあったとすれば、比較すると必ず音は悪くなります。
マイクに障害となる造形物を取り付けている訳ですから当然です。

そうした事もあり、全方位の音を聴く自然環境音の録音には向いていると思いますが、空間の一部にフォーカスして聴く様な音楽録音には向かないと思っています。

単純に良い音で録れないですし、不要な音が多くそれを後から調整する事も出来ないからです。

バイノーラル録音は、全方位の音をすべて聴き感じ取る様な立体音場の表現が必要な際のみ使うようにしています。

その音場の中には不必要な音もあり、それをマスキングするかどうかは聴く人に委ねる場合です。



ではどの様なマイクを使うのか。



イヤホン型

まず、最も手軽に購入出来、気軽に使え楽しめるのが、イヤホン型のマイクです。
最初に買うのはこのタイプのマイクがいいと思います。
良いマイク選びをし、録音に慣れることで、バイノーラルと言うものが何となく分かって来ます。



音質面はそこそこなので、制作にはもっと良いマイクを使いたいですが、テスト録音やマイクを設置出来ない場所での使用に重宝します。
何より常に携帯してフィールド録音を楽しめるのがいいですね。

気になるところと言えば、自分の耳に装着して録音しますので、自分のHRTFになってしまうところかと思いますが、自分以外誰が聴いても立体音場が得られないHRTFの持ち主を除き、他人が聴いてもバイノーラルらしさが無くなる事はあまりありません。

逆に各々のHRTFでの音の違いなど、色々と実験が出来ます。


イヤホン型バイノーラルマイク録音による音源
"Hard Rain and Thunder"
mic: OKM II CXS Solo
recoder: ORYMPUS LS-10



大雨の感じが出るくらいの音量で聴くようにします。
臨場感を得るには適切な音量調整も重要です。
大き過ぎても小さ過ぎてもダメです。

※非圧縮の音源が下記リンクよりダウンロード出来ます。
環境音は圧縮してしまうと音質が大きく落ちてしまう事が比較すると分かります。
これも立体音場生成には重要な知識です。

"Hard Rain and Thunder"非圧縮音源



簡易型

耳型と、そこへ音を伝達させるための最小限の円盤で構成されたマイク。
頭部が無いのでHRTFでは無く、この型のマイクは耳型頼りの製品となります。

確かに、バイノーラルの効果はマイクの位置と耳型がかなりを占めると聞くので、成り立っていると思いますが、あくまでもバイノーラルマイクと言う位置付けをギリギリ満たす性能を確保しつつ、省ける物をすべて省いたマイクだと思っています。

人には顔があり、顔には鼻があります。

正面から受けた音も直接耳に届く音だけで無く、鼻から頬を伝い耳に遅れて届く音も聴いているので、それが無いこの型のマイクで録音された音は、前方と後方の音に奥行きが無く、サウンドも中抜けした様な音になります。

両耳間を樽形状にし多少なりとも音の流れを作ろうとする製品もありますが、やはり前方の不自然さは残ります。

中にはプロ向けに高性能なマイクを使うモデルがありますが、それなりの金額となり、であればダミーヘッドを、高音質録音をしたいなら通常のマイクによる録音をした方が良いと思っています。



ダミーヘッド型

頭部の形状をしたマイクです。
ノイマンが有名ですね。
恐らく以前は計測器用としてのダミーヘッドマイクばかりで、録音用として業務用のレコーダーと簡単に接続できる製品が他に無く、中でもノイマンのKU100が比較的安価であったから、だと思うのですが、現在もこのマイクを愛用するプロの録音家は多いです。

ちなみにダミーヘッドマイクは、頭部だけをモデル化したマイクを指し、胴体も含んだマイクはHATS(ハッツ:Head and Torso Simulator)と呼ばれています。

研究ではHATSが使われることが多く、ダミーヘッドは殆ど見かけません。

KU100を見ると、顔の形状が滑らかでないことが分かると思います。
これは想像ですが、耳へ伝達させる音の量を多くするデザインでは無いかと考えています。
簡易型の円盤部分をより広範囲にしている、と思ってください。
また、頬のあたりにはっきりとエッジがありますが、専門家の話に寄ればこうした滑らかで無い部分では必ず乱れが発生するそうなので、正面から受けた音と横から受けた音の扱いをある程度分けてデザインしているのかも知れません。
この方が斜め前方の定位が出やすいとか... 分かりませんが何か理由があって。


HATSの中で最も多く使ったことがあるのは、Bruel & Kjaerの製品です。
これを使用してのバイノーラル録音、インパルス応答の測定は相当数しました。



写真の様に頭部は意外とリアルな凹凸が無く、滑らかなデザインとなっています。

最近は殆どインパルス応答の測定をしなくなりましたが、過去には自動車メーカー、オーディオメーカー、家電メーカー、通信会社などでインパルス応答測定によるIRを使用したシステム開発を行った事がありますが、いずれも良い結果となりました。
機会があれば事例を紹介したいと思っています。

これら計測器メーカーのマイクは非常に高価です。
インパル応答測定には良いのですが、測定が主となるマイク特性であることが多く、録音に適しているかと言うと、そうとも限りません。
また外耳にマイクが取り付けられたタイプは音質を望めません。
録音に用いる場合は外耳の入り口に口径の大きなマイクが使われている方が望ましいです。


もう少し安価で、手軽に録音も出来、バイノーラルの特性を正確に出せそうな製品は無いかと思っていた所に発売されたのが、サザン音響のダミーヘッドマイクでした。

サザン音響製のマイクは、シンプルで滑らかな凹凸を持った頭部モデルに最小限ではありますが肩周りがあり、一応HATSになります。
肩からの音の反射もバイノーラル録音に置いては影響が大きいので必要だと思っています。(服を着せることもある)
高周波の音源を顔の周りで動かすと、顔の凹凸が感じ取れるくらい滑らかなHRTFをしています。

もともと開発者と面識があったこともあり、色々とお話を伺いSAMREC Type 2700 Pro と言う、マイクとイヤーモデルが変更されたものを購入しました。

48Vファンタム電源なので、プロ用のHAと接続して使用することが出来ます。



バイノーラル録音は環境を丸ごと録るので、その空気感をどれだけ上手く録ることが出来るかが立体音場の質を大きく左右します。
よって、HA選びは大変重要です。

2014年に制作されたハウステンボスの「ナイトメア・ラボ」では、このSAMRECを使い、HAにはSytek MPX-4A、レコーダーにはKORGのMR-2000Sを使いDSDレコーディングしています。
DSD録音の音は生々しさがあることで知られていますが、それは立体音場生成にも同じ様に生きてきます。
作品ではそれをアンビエント素材としてのみ使用しました。下地作り、ですね。
現実の音と現実には無い音を、時には区別させ、時には区別させない様に再生したかったため、サウンドを担当したevala氏の発案でDSD録音までしたわけです。
そうしたこだわりが気付かぬ間の没入感を生む事にもなります。


ダミーヘッド型バイノーラルマイク録音による音源
"ナイトメア・ラボ-テスト録音"
mic: サザン音響 SAMREC Type 2700 Pro
recoder: KORG MR-2000S

DSD音源ファイル(5.6MHz)

PCM音源ファイル(48kHz)

DSD音源を再生出来る人は、PCMの48kHzへ変換したものと比較試聴してみてください。
だいたいこの程度の空気感に変化が出ます。
ただ、元がDSDだと言う事、そしてマイク、HAなどシステムを整えれば、48kHzに変換してもかなりリアルな立体音場を再生できます。

バイノーラル録音用のマイクを使えばVRになるわけではありません。

そしてもう1つ重要なのが再生装置、つまりヘッドフォンなどの選択です。
ハイレゾを意識して高域がやたらキレイな昨今のヘッドフォンは、帰ってリアル感を損なわせてしまう事にもなります。
ヘッドフォンについてはまた別途書きたいと思います。


あらためて最後に、
バイノーラル録音は全方位における頭外定位の音像や場の雰囲気を録る物。

です。

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