2019/12/31

2019を振り返る -後編-

2019年の後編です。


6月

いきなり珍しい仕事。
A-formatマイクのRODE NT-SF1とZOOM F4を手に、映画のロケ隊に参加。
環境音をすべてNT-SF1で収録し、サラウンド映画制作をするという試みです。


ウィンドスクリーンを使用すると立体感が薄まるので注意


出来るだけ環境音だけを長回しで録りたいので、撮影とは離れたところでひたすら録音。よい経験になりました。


 


Ambisonicsのサラウンドの特徴は包まれ感。
それを最大限に発揮するにはスピーカーの均等配置が理想。
しかしサラウンドのスタジオにはもちろんその様な環境はあるはずも無く、L/C/R/Ls/Rsの5chが主流。スピーカー配置も正しくない場合があります。

Ambisonicsのスピーカーデコードの結果をそのまま使いLsRsに音を送っても、L/C/Rの音圧に負けてしまい包まれ感は生まれません。
LsRsは大きめにする必要がある。大き過ぎるとそれはそれでバランスが悪く、それが5chサラウンドの難しいところ。
MA作業時にAmbisonicsのスピーカーデコード調整を行う時間はありません。
予め計算して5chにしておくことになるので経験が必要です。

さらにスタジオで調整した音を広い試写室に持って行くと、サイドとリアの壁面スピーカーがすべてLsRsの2chになるため、それはそれでまた印象は変わってしまうのです。
そこは経験していないと、その修正だけで時間を費やしてしまうので注意が必要です。



6月後半は山口情報芸術センター[YCAM]へ。
「Lenna」の22.2ch再生バージョンのインストールです。
https://www.ycam.jp/events/2019/scopic-measure-16/


midレイヤーのスピーカー高はアーティストの耳位置にあわせた

 


ICCのLennaが2ch再生と言うことで、YCAMは本来の22.2ch再生に。
真っ暗な無響室とは対照に、窓から景色を眺めホワイエの残響もあるオープンなYCAMの展示。
基本的な音響調整を行った後は大体をエンジニアの葛西氏にお任せし、filmachine以来のYCAM滞在を楽しんだ2日間でした。



7月

サイレント映画+立体音響コンサート「サタンジャワ」ガリン・ヌグロホ&森永泰弘
https://jfac.jp/culture/events/e-asia2019-setan-jawa/




ガリン・ヌグロホ監督の生演奏付きで上映するために制作された映画「サタンジャワ」にはセリフが無く、その映像に森永泰弘氏が音楽を付け、日本・インドネシア特別編成音楽アンサンブルとコムアイさん(水曜日のカンパネラ)のボイス、さらに舞踊も加わるというもの。

音楽とSEは、ホールの客席を囲うように設置された上下6chずつのスピーカーと、舞台奥のこれも上下2chずつのスピーカーの計16chにミックスされていました。
(スピーカーはすべてMeyer)
森永氏が作編曲した音をエンジニアの峯岸氏がProToolsでミックスし、それをホールに最適化させる部分を担当。


中央のMBPから再生し、左のPCで会場に最適化、右の卓へと送る。
すべてDante接続。左から2番目のPCはHPLプロセッシング用。


リハーサルスタジオでサウンドの調整は行っていたものの、本会場はまったく異なる音場。
しかも本番までにわずか2回の通しでサウンドを完成させないといけません。
1回目の通しリハでダメなところを把握し修正、翌日の本番当日午前の2回目のリハで修正を確認。
何が問題かが分かれば対策すればよい。

また、峯岸氏にHPLプロセッサーを預けたことで、会場で音を出せない間もヘッドフォンモニタリングでミックスを修正し続けられたのが、時間の無い中で作品の完成度を高める事が出来た大きな要因でした。



VRアトラクション「BIOHAZARD VALIANT RAID(バイオハザード バリアントレイド)」オープン。
http://dynapix.jp/amusement/vr-contents/biohazard-valiant-raid/




池袋にオープンしたプラザカプコン池袋店に常設された4人同時プレーのVRアトラクションで、とにかくゾンビに取り囲まれるので撃ちまくる内容。
VR映像のクオリティや演出が良く、バイオハザードの世界観へと没入できます。

VRアトラクションは一般的にとにかく音が悪い。
360度とかバイノーラルとかツールによって作れてはいるものの、調整の仕方が分かっていないので安いヘッドフォンやスピーカーの音そのままに音質自体も劣化、立体音場感も劣化。
このシーンではどの位の音量にすれば臨場感が出るのか、と言った調整をしなければ没入できるわけがありません。
VRの映像が頑張って没入感を出していても、音がその邪魔をしてしまっているケースが殆どです。

映像が100点としたら、20点の音では平均点は60点。
音を頑張って60点にすれば平均点は80点になります。
VRで没入させたいなら平均点を上げることです。

「BIOHAZARD VALIANT RAID」では、そうしたサウンド調整面のアドバイスだけをさせていただきました。
このアトラクションはオープニング以降はほぼ撃ちっぱなしになるので、オープニングで臨場感を高められれば後は自然と没入してしまいます。
環境音、SE、セリフ、これらのバランスと音色をどう調整するか、です。



お茶の水にオープンしたリットーミュージックさんの多目的スペース「RITTOR BASE」。
こちらで8chスピーカーアレイを用いたイベントを始めて行うと言うことで、「Ableton and Max Community Japan #002」に立ち会いました。




RITTOR BASEのスピーカーシステムは、メインのL/Rスピーカーの他に、下層4ch+上層4chの8chスピーカーアレイが設置されています。
その音響デザインをさせていただきました。
このスピーカーアレイは、自分のスタジオ、サウンドアーティストevala氏のSee by Your Earsスタジオなどにも導入しています。
立体音場を生成しやすいレイアウトであることと、あらゆるサラウンドフォーマットをレンダリングし再生することが出来る利点があります。

それにより、RITTOR BASEでは5.1chや22.2ch、ドルビーアトモスの13.1chなどを、スピーカーレイアウトを変更せずに再生することができます。

もちろん、そのフォーマットに応じてスピーカー配置を変えた方が音は良いかもしれません。しかし、RITTOR BASEのような多目的スペースでは、それがベストな選択ではありません。
今のところ音質面でも評判がとても良いとのこと。



8月

「Invisible Cinema "Sea, See, She -まだ見ぬ君へ」evala プレ公演ライブパフォーマンス。
http://evala.jp/Invisible-Cinema-Sea-See-She-2


ステージとFOH間はDante接続


2020年1月24日から3日間に渡り上映される目に見えない映画「Sea, See, She -まだ見ぬ君へ」のプレ公演として行われたライブ。
スパイラルホールでシンプルに4chスピーカーのみで行われました。

サタンジャワのように、作曲、ミックス、音響が細分化されたものとは違い、evala氏はそれらをすべて一人でこなす(高いレベルで)ためこちらが用意するのはシステムとその調整がメイン。
そして本番は本人が客席で聴くことが出来ないので、客入り後で変わるサウンドを微調整するくらいとなります。

2020年1月の上映では、このプレ公演で分かったことを踏まえた出来る限りパフォーマンスの上がる環境を用意するので、evala氏がそこにどの様なサウンドを満たすのか、今から楽しみです。もう間もなく。



同じ4chでもまったく異なるシステムを構築して臨んだのが、リキッドルームでの「YAKUSHIMA TREASURE(コムアイ&オオルタイチ)」ワンマンライブ。
https://www.barks.jp/news/?id=1000170996


客席中央に設営されたステージ -ライブ前-


とにかく参加していて楽しいライブ。

YAKUSHIMA TREASUREがサラウンドでのライブが初めてであったため、「Lenna」で一緒のエンジニア葛西氏からのお誘いで、ライブ用のサラウンドプログラムを担当。
サラウンド経験の無いアーティストの場合は、サラウンドのミックスをこちらで行う。
アーティストと相談の上、この4chは直接スピーカーへ、次の4chはスピーカーでなく空間で音がするような、次のchの音はオートパンで空間に漂う音、といった具合にいくつのかのグループ分けをします。
各グループに対しそれぞれ信号処理を行い、最終的に4chへとミックスします。


グループ毎に様々な処理を行いミックス

今回は5つの音をオートパンニングさせた


ライブ後半、花道家の上野雄次氏のパフォーマンスによりステージ上に屋久島が生まれるなど、とても印象に残る素晴らしいライブとなりました。


ステージ -ライブ後-

左のMADIface ProがFOHへの生命線



そのライブ翌日は、日本における2019年「Week of Sound」のイベントの一つ、「高臨場感オーディオセミナー -高臨場感オーディオの普及に向けて-」のシンポジウム「高臨場感オーディオを用いた新しい芸術表現の可能性 -22.2マルチチャンネル音響作品「Lenna」の制作を通じて-」にパネラーとして参加。
https://acoustics.jp/events/wos2019/




会場となったアンスティチュ・フランセ東京にある100席ほどのシアターに、GENELEC Japan協力によりGENELECの8351と8341の9chシステムが特別に設置され、「Lenna」の9chバージョンを試聴していただきました。
22chのLennaを9chにリアルタイムレンダリングしているのですがその方法は簡単で、22chを一旦Ambisonicsエンコードしてしまい、それを新たに9chスピーカーデコーディングすると言うもの。

ここで重要なのが次数の選択。
誰もがすぐに高次Ambisonicsを使いがちですが、この日設置された100席のシアターでの9chシステムでは、1次か2次でエンコードするのがベストでした。



9月

そのままAmbisonicsの流れで、JAPRS(日本音楽スタジオ協会)技術セミナー 「アンビソニックス・3Dオーディオ勉強会」にて、「Ambisonicsの特徴と有効な使い方」と題する講義とデモを行いました。
https://www.japrs.or.jp/report/2175/




当日スタジオ録音した素材やこれまでのA-formatマイク録音素材を使い、5.1chと22.2chの再生環境でAmbisonicsの次数の違いによる音の変化など、とても有意義な勉強会になったと思います。



300年の歴史ある広大な日本庭園、丸亀万象園にて行われたサウンドインスタレーション「聴象発景」。
http://evala.jp/13931544




日本最古の煎茶室を使ったevala氏のサウンドインスタレーションのシステムを設置。
庭園内3か所に設置したマイクから茶室まで、マイクケーブルを400m引いた思い出。
スケジュールの都合で完成を聴けずと言う珍しいことに。


大人には辛いマイクケーブルの引き回しルート


後に訪れた訪問記がありますのでご参照ください。
http://acousticfield.blogspot.com/2019/11/19-01.html





10月

東京モーターショーの某企業展示をサポート後、2つ目のVRアトラクションとなる「BIOHAZARD WALKTHROUGH THE FEAR(バイオハザード ウォークスルーザフィアー)」が、プラザカプコン池袋店で先にオープンした「BIOHAZARD VALIANT RAID」の隣にオープン。
http://dynapix.jp/am/biohazard7_vr/


7m x 10.5m のスペースを歩き回る


このアトラクションでは、音響システム、プログラム、ミックス、音響調整等を担当。
「BIOHAZARD VALIANT RAID」とは違い、プレーヤーは広範囲を歩き回るアトラクションであるため、こちらから没入させる音作りではなく、歩き回るうちに気付いたら没入している音作り。
ヘッドフォンだけでなく下層4ch+上層4chのスピーカーを設置し、環境音やSEを再生することで臨場感を高めています。
ヘッドフォン内の音とスピーカーの音が上手く混ざるように調整するのもポイントです。
完成までにはかなりの時間を要しました。



WOWOW、MQA、NTTスマートコネクト、アコースティックフィールドの4社による、3Dオーディオ+映像コンテンツ配信のデモを発表。
https://www.phileweb.com/news/audio/201910/25/21239.html




WOWOWが制作する映像と192kHz/24bitの13.1ch音声を、HPLバイノーラルプロセッシングによって192kHzの2chへ変換。
その後、MQAにて48kHz化し、NTTスマートコネクトによってMPEG4 ALSエンコードし、映像と共にオンデマンド配信するもの。
リスナーはヘッドフォンで13.1chサラウンド番組を視聴できるのはもちろん、MQAデコード対応機器があれば192kHzにデコードされたより高音質な番組視聴が可能。
これらをリアルタイムに行おうという計画です。

このプロジェクトには、少しでも視聴者に良い音を。映像だけではなく音も良い番組を届けたいという思いがあります。



11月

InterBEEにて3Dオーディオ+映像コンテンツ配信のデモと、コンファレンスにてその発表が行われました。


スピーカーはダミーで音はヘッドフォン内のみ


自社ブースではHPLを中心にデモを展示。
ミキシングエンジニアの人達に、ヘッドフォンで5.1chがどの様に鳴るのかを体験してもらおうと、5.1chをHPL化した番組素材を使用し、ヘッドフォンでモニタリングしながら任意のチャンネルをソロで聴けたり、フェーダーでバランス調整が行えるデモを行いました。



12月

火影忍者世界(NARUTO WORLD)テーマパークオープン。
https://www.nelke.co.jp/stage/narutoworld/


3分でも200trkを超えてしまう


「バーチャル・イリュージョン」と言うVRアトラクションの3Dサラウンドミックスと音響システムを担当。
3分の短いコンテンツ内で目まぐるしく変わる各シーンの疾走感や臨場感を、下層6ch+上層6ch+サブウーファーの12.1chスピーカーアレイで再現。
MX4DモーションとVR映像の没入感をより高めています。




ミックス段階では、スタジオの下層4ch+上層4chに12chをレンダリングしてモニタリングするのですが、夜中はHPLでバイノーラル化したものでモニタリング。
たまにHMDを付け定位を確認。
2Dの画面とHMDのVR映像とでは定位は全く異なる。



そして告知こそしませんでしたが、中京テレビ放送による10時間におよぶイベント「ナゴヤVTuberまつり」を全編HPLにてニコニコ生放送で配信されました。
https://www.ctv.co.jp/nagoya-vtuber/

視聴しましたが、5.1chミックスされたトークやライブはヘッドフォンでとても聴きやすく、今後も期待できそうです。



2019年最後はWOWOWでの「第17回 ヴァチカン国際音楽祭 ~3Dオーディオ HPL版~」放送。
https://www.wowow.co.jp/detail/116561


InterBEEでは事前に番組の一部を視聴していただきました


192kHz 13.1chで制作された番組をHPL化し、主音声で放送していただきました。

主音声で放送することで、視聴者は特に意識することなくサラウンドの番組に触れることとなります。
それはとても理想的。
視聴者からも今後のHPL放送への期待を寄せるコメントをいただきました。



2019年は、Ambisonicsをよく使った年と言えます。
ずっと以前から使い続けてはいるものの、今年はより多く実践し導入した1年となりました。
それによって、今まで分かっていたものの、実際に使ってみてさらに深く見えてくる部分もあり、その経験はまた次に活かせます。
また、スタジオ協会でも講師を勤め、Ambisonicsを ”正しく広める” ことにも多少は貢献できたかと思います。

ここでは研究開発案件には触れていませんが、多くの企業からご発注いただけこと、本当に感謝しております。
今後もご期待に応えていけるよう努めます。

2020年はまず、音響を担当します音の映画 "Sea, See, She -まだ見ぬ君へ"(evala / See by Your Ears)があります。
最高の音体験になることは間違いなので皆さま是非足をお運びください。
https://invisiblecinema.peatix.com/





2019/12/29

2019を振り返る -前編-

2018年は充電期間的な位置づけで、
確かめたり、経験を積んだり、土台を作ったりしていました。
もちろん「2018を振り返る」ブログにもある通り休んでいた分けではなく、とても充実した年を過ごせたと思っています。

果たしてそれらは2019年への布石となったのか?


2019年
1月

年始をインフルエンザからスタートし、まず始めのイベントは「B.LIVE in TOKYO」。
https://basketballking.jp/news/japan/20190301/138133.html?cx_tag=page1

これは富山市総合体育館で行われたプロバスケットボールのオールスター戦「B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2019」を、品川のステラボールで生中継するライブビューイングイベントです。

音響の裏テーマが、いかに小規模な収音システムで臨場感を最大限に出すか。

もうお分かりの方も多いと思いますが、試合会場にAmbisonics対応のA-formatマイクを設置し、ステラボールにてスピーカー配置に応じたスピーカーデコードを行うと言うものです。


富山の試合会場に設置したSOUNDFIELD SPS200マイク

本番1か月前に数種類のA-formatマイクを
富山会場に持ち込み録音テストが行われた


このイベントに始めて参加し、システム的には良いものが作れましたが、音響的には十分な時間とコミュニケーションが取れず、フラストレーションが貯まる結果に。

しかし、そこで得たものは多くあります。
裏テーマの実現は以前から提唱していたものであり、たった1本のマイクで臨場感あるサラウンド表現が可能なAmbisonicsをスポーツ中継に活かすことは、システムをシンプルに構築しながらも臨場感を出せるという大きな利点があります。
そのために大切なのが、シンプルであればこそマイクの設置位置とスピーカーの選定と配置が重要になると言うこと。
Ambisonicsの基本はそこにあります。


品川のLV会場のシステム
Ambisonicsとガンマイクの音をHPLのヘッドフォンモニタリングでミックス


また、とにかく現場で音出し調整を行う時間もほぼ無い状況であったため、リハーサルからずっとHPLバイノーラルプロセッシングによるヘッドフォンモニタリングを行い、ミックスを作り上げて行きました。それが無ければ無理でした。
このあたりから、PA現場でHPLによるヘッドフォンモニタリングを積極的に使用することになって行きます。



2月

メディアアンビショントウキョウでのインスタレーション「Synesthesia X1-2.44 / Synesthesia Lab feat. evala」
http://evala.jp/Synesthesia-Lab-feat-evala-Synesthesia-X1-2-44-Media-Ambition-Tokyo

Synesthesia X1-2.44


これは2個のスピーカーと44個の振動子からなる、シナスタジアラボ開発の2.44ch共感覚体験装置。
その装置を使い、体験者の身体そのものが媒介となる新たな音楽体験を、サウンドアーティストevala氏が作り上げています。

2019年に関わった作品で、スピーカー2台で行う音体験ものが2つあります。
一つがこの「Synesthesia X1-2.44」。
もう一つが後で記す「Lenna」ICCバージョン。
いずれも2スピーカーでありながら、それとは思えない音空間を生み出している作品ですが、その手法はまったく異なります。

この「Synesthesia X1-2.44」は、2個のスピーカーと44個の振動子が連動連鎖しており、それをアーティストの手腕で体験者に対し様々な音感覚として提示していくもの。
アーティストが装置を拡張していくかの様な面白さを感じました。
よって、この作品では音響システムとしての安定性確保やスピーカーの設置と言った普通のサポート以外の事はしていません。



3月

Synesthesia X1-2.44とはまた違った感覚体験を作るのが、SXSW2019(AUSTIN)に出展したInvisible VR「Caico」。
https://invisiblevr.net/

資生堂の香料開発チームとevala氏とのコラボレーションにより生まれた音と香りのインスタレーション作品です。

この作品のサウンドはヘッドフォン再生で、HPLのバイノーラルプロセッシング技術による自然な立体感とその音により移り行く香りの変化が、やわらかな白昼夢のような体験へと誘うものです。


HPLとしては、同時期に収録されていた中京テレビ放送「ササシマMUSIC BASE」があります。
https://www.ctv.co.jp/sasamu/




テレビ局の収録スタジオにて行われるライブをサラウンド放送するこの番組で(現在は放送終了)、5.1chミックスがHPL化され副音声chで放送されました。
残念ながら全国放送ではなく、オンデマンドも無かったためアーカイブがありません。
11月のInterBEEを含め何度か番組素材を使用させていただいたので、目にした人は多いはず。

この番組で、始めてHPLプロセッシングを調整無しで行い、任意のchを入力すればバイノーラル化された2chが出力され、そのまま使用出来ることを確認できました。
それまでは、最適化するに辺りマスタリングの如くちょっとしたEQ処理を行っていましたが、ハードウェア版HPLプロセッサー(RA-6020-HPL)用に開発したHPLフィルターではそれが必要なく、ハードウェアが発売されればコンバーターとしてノーオペレーションでHPL音源化できることを証明したわけです。

昔はスタジオライブを放送する深夜番組があったのですが、今はそうしたものが無く淋しいですね。スタジオライブは音も映像もよく楽しいので。



4月

「Lenna」Miyu Hosoi の制作に多くの時間を割いた月。
https://miyuhosoi.com/lenna/

この作品は、自分が提唱して来たサラウンドの制作環境とリスニング環境に対する考え方を、実に分かりやすく説明してくれます。

HPLを始めたのも、サラウンドサウンドの普及のための活動も、すべては新しい音楽の誕生への弊害を無くし、さらにそれを聴く環境も構築すべきと言う願いであり、それを実現していくためには多くの人の手で変えていく必要があるのですが、「Lenna」はそれを担う作品として、様々なメッセージを投げかけてくれる素晴らしい作品となりました。

アーティストとエンジニア、お互いが出来ることを出しあい制作すれば、色々な意味で今最も難易度の高い22.2chの音楽制作であっても作ることができ、聴くこともできる。
しかも、エンジニアリングに対し送られる日本プロ音楽録音賞で優秀賞を受賞出来るレベルの作品としてそれが可能だと、若い世代のクリエイター達が証明してくれたのが本当に嬉しい。
そのことが制作側のやる気に火をつけてくれないかと心底期待しています。

「Lenna」の持つ意味については、本ブログの「30年後に向けてやること」にも記していますのでご参照ください。



5月

その「Lenna」が、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]の「オープン・スペース2019 別の見方で」展の無響室に展示されます。
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/lenna/

「Synesthesia X1-2.44」がアーティストにより生み出された音空間生成なのに対し、こちらは音響技術で音空間生成したインスタレーション。
同じ2スピーカーですが、「Lenna」は22.2chの完成された音楽データなので、その作品を ”どう聴かすか” アーティストが直接的にアプローチしている「Synesthesia X1-2.44」とは異なり、完成品を音響技術で ”どう鳴らし、どう聴かすか” を考え仕上げるものになります。

その設置調整はエンジニアにとって大変楽しい時間となりました。
最後は、出力を-0.1dB下げるかどうか悩み、結果-0.05dBだけ下げたことを憶えています。
それに意味があるのかと思いますよね?
座る人が違えば耳の位置も聴力も変わりますし、0.1dBでも無意味な数値だと思います。
しかしそうした調整に至るまでの段階で、すでに身長の違いなどを加味した調整は作品として成立するレベルで完了した後の話で、さらにもうワンステップ踏み込んだ調整段階での話となります。
それをするかしないかが、とても大きな差となり体験者には伝わります。
そうした最終的な調整では、他の人の耳位置などは意識せず、自分が最も気持ちよいと思う音に仕上げます。
結果的に自分が気持ちよいと思える音で無ければ、他の人が聴いて気持ちよい音には成り得ないと思っています。
自分はそうでもないけど、人が聴いたら気持ちよい音を狙って作るなど不可能です。

0.0dBか-0.1dBかで悩んだ結果答えが出なかったので、間を取って-0.05dBにした、と言う話です。


Lenna ICC 制作風景 - 無響室に2日間


2スピーカーによる立体音場生成に真剣に向き合ったのはものすごく久しぶりでしたが、これをきっかけに、その後のいくつかの案件で2スピーカーによる立体音響システムを提案する流れになって行ったので不思議なものです。


そして6月へと入っていくのですが、
全体的に長くなってきたので前後半に分けてアップしようと思います。
と言うわけで、2019年の前半はここまで。