2020/01/26

Lenna ICC無響室



あと1か月でICCのLennaの展示も終わるので少し技術系の話をすると、

ICCのLennaもYCAMのLennaも、その展示話が浮上したのはアルバムOrbの制作が終わった後。
つまり展示のために作られた作品では無く、すでにある音源をICCの無響室で鳴らすなら、YCAMのホワイエで鳴らすならとフォーマットや環境を考える、まさにLennaのコンセプトが実行された展示なのです。

ICCもYCAMもどちらもクリエイティブコモンズのライセンス下で無料ダウンロードして使用できる22.2chの音源データを使っています。
特に自分がメインで関わったICC無響室のLennaは、22.2ch音源をHPLプロセッシングしバイノーラル化した音そのもので、それはアルバムOrbに納められているLenna(HPL22 Ver)ほぼそのままです。
単に2台のスピーカーとリスニング位置の調整と音量調整のみであのサウンドが生まれています。

なので、Lenna(HPL22 Ver)の音源と2つのスピーカーがあれば誰でもICCのLennaは作れます。
もちろん無響室で無ければ、あそこまでの音の立体的な定位の再現は難しいですが、自分のノートPCなんかはたまたまスピーカーの位置が良いのか、Lennaを再生すると後ろまでは回り込まないものの、正面0度として120度くらいは回り込んだりします。
普通の部屋での話です。
興味のある人は自分の再生環境を工夫して自分なりのLennaを作ってみてください。
目標はICC無響室のLennaです。


さて、ICCの無響室展示はなぜ2スピーカーになったのか...

無響室に22.2chを設置出来ないと言う話から始まり、「じゃあ何chにするべきか」となった時に、一番体験者がスピーカーを意識しないのが2台だから、です。

決して2スピーカーでの3Dサウンド体験が面白いから、ではありません。

よく「Lennaらしさ」と言っているのですが、技術的には「らしさ」が損なわれなければLennaであり、損なわない音響デザインをすることを心がけています。
(つまらない事言ってるなぁ)
それにはスピーカーを意識させたくなかった。

元々22.2chのLennaを22.2chスピーカーで再生すれば、空間の無い無響室においては何も+されるものが無く、単にLenna音源を試聴する体験にしかなりません。
そうでは無く無響室作品Lennaとして展示したい、となり...

では自分がよくやる8chキューブではどうか?

一般の人から見たら、22.2chも8chも随分な多ch再生です。
スピーカーの存在が強いと「試聴」になりやすい。
これは逆に1スピーカーでも同じです。
目の前にスピーカーが1台しか無かったら気になりますよね?
体験者が一番気にしないのが2台スピーカーを置く事なのです。
無響室と言うあまりに不自然な部屋がさらに際立ち、さほどスピーカーを意識しないまま椅子に座ると部屋は暗転し、するといきなり声が空間に浮かび上がる。
一気に没入し作品Lennaのスタートです。


展示は3月1日まで。
それ以降はもう無響室でLennaを聴くことは無いのでは?
是非ご体験ください。


NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
「オープンスペース2019 別の見方で」展
《Lenna》細井美裕
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/lenna/




おまけ

2スピーカーで立体再生するLennaには、個人的に裏テーマを設けています。
バイノーラル化した2ch音源にどれだけ立体的な音の情報が残っているのか、それは同時に現在何も考えずに行っている安易なダウンミックスでどれだけその情報を失ってしまうのかを、サラウンドに携わる者に知ってもらうことです。


2020/01/02

2つの受賞作にみる共通点

2019年は2つの作品が受賞。
この2つの作品には共通点があります。


「Stradivarius: Timeless Journey」




2018年の「ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展」でのQosmoさん企画制作によるインスタレーション作品。
アジア地域最大級の広告コミュニケーションに関するフェスティバルSpikes AsiaのDigital Craft 部門にてグランプリを獲得。

300歳のヴァイオリン、ストラディヴァリウス「サン・ロレンツォ」を無響室で録音。
徹底して資料を集め、ストラディヴァリの工房、ヴェルサイユ宮殿のプチトリアノン内サロン、旧ゲヴァントハウス、そしてサントリーホールをモデリングし音響シミュレーションを行う。
その音と映像をヘッドフォンで視聴するもの。






 音響シミュレーションとバイノーラルシステムを担当。 これほど魅力的な企画もそうは無いだろうということで、二つ返事で参加を承諾。 とーっても大変でしたが、やり甲斐とロマンある作品でした。 音はほんのちょっとだけ、下記リンク先の作品説明ビデオで聴くことができます。 ヘッドフォンやイヤホンでどうぞ。
https://www2.spikes.asia/winners/2019/digitalcraft/




「Lenna」



アルバム「Orb」Miyu Hosoi に収録された22.2chの「Lenna」を5chにレンダリングしたバージョンが、第26回日本プロ音楽録音賞のハイレゾリューション部門(クラシック、ジャズ、フュージョン)優秀賞、ニュー・プロミネントマスター賞をダブル受賞。


22.2chのスピーカーシステムに代わり、HPLのバイノーラルプロセッシングでの22.2chヘッドフォンモニタリングシステムを用意し、3Dサラウンドミキシングをサポートしました。

22.2chの音楽作品であり、まったく新しい制作方法とコンセプト。
ニュー・プロミネントマスター賞は誰が見ても納得の内容だと思いますが、ハイレゾ部門の優秀賞は本当にセンセーショナル。
作品の中心となったアーティスト、作曲家、エンジニアの3人が20代のこの作品の受賞、その実際に高いクオリティは音楽制作関係者にとってショッキングだったと思います。


これが起爆剤となって音楽制作が進化することを切に願います。



この2つの作品にはしっかりとした技術が軸にあります。


インパルス応答を用いた残響付加やバイノーラルと言った技術は昔からある。

重要なのはそれをどう高いクオリティで使うか、面白く作品に繋げるか、そして最後にはエンタテインメントとしてどう仕上げるのか、と言うプロセスが自分は好きなのだと思います。

音楽作品である「Lenna」はもちろん、インスタレーションの「Stradivarius: Timeless Journey」もエンタテインメントの作品を目指して制作されました。

現存しない部屋を資料からモデリングしその音を復元するだけなら、恐らくそれは歴史的な技術資料として「こんな音だったのか」と言う確認作業をするだけの体験となります。

そこからもう一歩踏み込んで、音楽の気持ちよさや作品の面白さを使われている技術抜きに体感できるところまで持って行くことで、エンタテインメントになると思います。

それには音源としての音質、音響としての音質をある程度確保する技術が大切です。
それが立体音響ならなおさら。