2019/07/14

30年後に向けてやること

30年前、卒業制作で「なんちゃってサラウンドプロセッサー」を作りました。
完成しませんでした。
そのころは特にサラウンドに興味があったわけでなく、「映画を見るなら5.1chだよね」くらいのもの。

それから30年経った現在、音表現の環境が何も進化していないことが残念でなりません。
憤りを感じています。

音楽再生? → 2スピーカー、ヘッドフォン&イヤホンでしょ?
サラウンド? → 5.1chでしょ?

そうした固定観念をまず制作側が無くし、リスナーに対し音の可能性を示していかない限りは、リスナーはこの先また30年何も変わらない音環境で過ごすこととなります。
それは単に「つまらない未来」と言うだけでなく、「音のオマケ的存在」感を益々強めることになると思っています。

今や音楽は聴くものでなく、MVとして見るものに。

録音業界で今更取り組み始めているバイノーラルやAmbisonics。
いずれも何十年も前から存在する、何一つ新しくない技術です。
しかしそれでも構いません。
これまでより少しでも新しい音楽や番組が作れるのであれば、積極的に取り入れていきましょう。

それらはやろうと思えば簡単に出来ることです。
他にも比較的簡単に取り入れられ、音を豊かにする工夫は沢山あると思います。
それらは、ハイレゾでもMQAでもアトモスでもない、サウンドクリエーションの話としてです。
決まった作業をこなすだけでなく、考えましょう。
これまでやろうとしなかったことを罪ととらえ、少しでも良い作品をリスナーに届ける努力をし、音の可能性を示していきましょう。



今年関わった作品に「Lenna」(細井美裕)と言う作品がありますが、これはそうしたサウンドクリエーションの考え方を具体的に示す一つの事例です。

この作品はスーパーハイビジョンの音声企画である22.2chフォーマット用として作曲されています。
このフォーマットは「聴けない」(スピーカーが置けないから)どころか「作れない」(スタジオが無いから)と言われているフォーマットです。
しかしそんなフォーマットですら、ちょっとした工夫とやる気で制作することは出来るのです。

Lennaのミックスは、
22.2ch用で長時間使用出来るスタジオが無いため、HPLを使いバーチャルな22.2ch環境のヘッドフォンモニタリングで行われました。

再生環境としては、
まずヘッドフォンリスニング用音源として《Lenna - HPL22 ver》が、アルバム《Orb》に収められ、CDとハイレゾ音源としてリリースされています。
https://ototoy.jp/_/default/p/392431

同時に、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]の「オープン・スペース2019 別の見方で」展で、無響室を使ったインスタレーション作品として、2スピーカーのみで22.2ch作品であるLennaを再生するという展示を行っています。
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/lenna/



また、山口情報芸術センター[YCAM]の「scopic measure #16 」展では、22.2chスピーカーシステムで再生する展示も行っています。
https://www.ycam.jp/events/2019/scopic-measure-16/



さらに、
音楽再生の手段検討に役立てようと、22.2chのch別音源ファイルを無料配布しています。
https://salvagedtapes.com/collections/st2019/svtp-007/


この様にして、ちょっとした工夫で制作し、様々な方法で再生出来ることをLennaは示しています。

22.2chでも出来るのですから5.1chならもっと楽に出来るはずです。
5.1chや7.1chなら、サラウンド対応のDAWにはサラウンドパンナーやリバーブが当たり前のように備えてあるわけですから。
お金など掛かりません。

環境に応じて再生方法を変えることも大変なことではありません。
特にHPL化したバイノーラル音声は通常の2ch音声です。
そのままCDを作ることも出来れば放送やネット配信することも今からすぐ出来ます。
(すでに事例も多くあります)


30年後、今より悪い音環境にならぬよう、まず出来ることをやりませんか?