2018/11/21

プロダクションのスピーカー配置における立体音場生成

先日のブログで立体音場生成のスピーカー配置について書きました。
InterBEEのゼンハイザージャパン様ブースでのトークセッションで話させていただいた内容を補足した内容でした。



ゼンハイザージャパン様ブース【interBEE 2018 スペシャルセッション】

「立体音響の考え方とアンビソニックスについて / VR X MUSIC 音楽制作における VR 音響の可能性」


自分の時間配分が悪く肝心な所まで話は及びませんでした。
トーク内容として「プロダクションのスピーカー配置では立体音場を作りにくい」と言う所で終わってしまっています。

では、「プロダクションワークのスピーカー配置でどうしたら立体音場生成ができるのか」について書きたいと思います。


Ambisonicsはスピーカーを均等配置に組むことで最もそのサウンドを発揮する事が出来る、と言う事は前回書いた通りです。


以下は、5.1.4chのフォーマットに、そのままAmbisonicsのB-formatをスピーカーデコードした場合のエネルギー分布(右下の赤い表示)です。
左右60度の間にL/C/Rの3台もスピーカーがある前方が極端に暗くなっています。


5.1.4chのエネルギー分布

(分かりやすく説明するためAllRADecoderの設定方法は実際の使い方とは異なります)



「出来るだけ均等にスピーカーを配置する」を考慮すれば、まずセンタースピーカーは必要なくなります。
実際にミックスるエンジニアの皆さんも、狭い範囲に沢山スピーカーがあると難しいと言う事はよくご存知かと思います。

センタースピーカーを外したエネルギー分布は以下のようになります。
少しバランスが改善されました。


センタースピーカーを排除し計算したエネルギー分布


更に、前方のL/Rスピーカーを30度から35度に開き、後方を120度から125度へそれぞれ5度ずつ広げます。
5度変えただけでさらにバランスが改善されたのが分かると思いますが。
これがそのまま立体音場生成の質となるので、臨場感や没入感へと導ける可能性が高まります。


各スピーカーの角度を5度ずつ変更したエネルギー分布


まず以上のとこを踏まえ、Ambisonicsを有効に使い、オブジェクトベースの音をミックスして行くと、よりイマーシブサウンドに近づく可能性が見えてきます。
後は、スピーカーの選択、音響調整など、没入感生成するためにはサウンドエンジニアリングの要素も大きく関わることを忘れてはいけません。


InterBEEのゼンハイザージャパン様ブースのデモ用に制作された「SYMPHONY IN THE NATURE - Satoshi Suzuki」のサウンドも、
森で録音した鳥の声、生楽器、はAmbisonicsで録音されているため、FL/FR/RL/RR/TpFL/TpFR/TpRL/TpRRの8chで再生されており、その他の音は5.1.4の9chで再生すると言うミックスをしています。


SYMPHONY IN THE NATURE - Satoshi Suzuki


さて、プロダクションワークを行うスタジオではスピーカー配置が決まっています。
よって、Ambisonicsに対しセンタースピーカーを使わない事はできても、スピーカーの角度を調整することはできません。
その場合は、サウンドエンジニアリングが重要になってくるわけですが、一つ大きなファクターとして、AmbisonicsのB-formatにおけるWチャンネルの調整と言うのがあります。
B-formatはW,X,Y,Zの4つで構成されています。
X,Y,Zは双指向のアルゴリズムですが、Wは全指向です。
Wの全指向成分で立体音場のバランスを保っています。
このWを0~-4dBくらいの間で調整する事で、音空間の感じ方が変わります。
音素材が環境音であれば、Wを調整することで実際の空間の広さへ近づける事が出来るかもしれません。
これは音源、スピーカーの距離などいくつかの要素によって作られますので、聴いた感じで判断する事になります。
そうした理屈では無いトライも時には必要です。



それでも、下層スクエア4ch+上層スクエア4chのキューブ配置など、立体音場生成をするのに適したスピーカー配置の音には敵いません。
現在では音楽制作において、そうしたスピーカー配置をベースにしたプロダクションンワークも始まっています。
「SYMPHONY IN THE NATURE」の制作をした鈴木理氏も、下層スクエア4ch+上層スクエア4chのキューブ配置の環境を持っています。



一方良い事ばかりでは無く、こうした制作環境での立体音響作品はサウンドインスタレーションには適していますが、フォーマット化されていないため、パッケージメディアや放送、配信に載せることが難しいと言う問題があります。


よって今求められている物が

1つは立体音場を作りやすいスピーカー配置で作品を作り、それをプロダクションワーク配置で再生すること。
例えば、下層スクエア4ch+上層スクエア4chのキューブ配置で作品を作り、5.1.4chで再生するというもの。

もう一つは逆にプロダクションワーク配置で作ったサラウンド作品を、立体音場スピーカー配置で再生すること。

この双方向を考えていかないと、両者の壁は無くなりません。

DVDなどパッケージメディアやホームオーディオのサラウンドアンプで音を出すなら、高度な立体音場作品をプロダクションフォーマットに変換しないと行けないですし、スタジオの5.1chで作った音をパブリックて再生するには会場スピーカー配置に最適変換しないと行けないません。

そうしたクロスフォーマットを単なるダウンミックスの様な手法ではなく、出来る限り作品のバランスを維持して変換する必要があります。


「耳で視る」という新たな聴覚体験を創出する、サウンドアーティストevala氏( http://evala.jp/ )のプロジェクト「SEE by YOUR EARS」の発信拠点となるスタジオは、音とアートと建築の融合をテーマとした、従来の音楽スタジオとは全く異なる音の新たな可能性を探るスタジオです。

ここでは「耳で視る」ための没入感を当然の条件とし、その先で音の可能性を追及しているスタジオです。

このスタジオでは、下層スクエア4ch+上層スクエア4chのキューブ配置での制作はもちろん、その配置を変えずに5.1chや9.1ch、22.2chといった再生が出来ます。
場合によってスピーカー配置を変えてのプロダクションワークも行うことが出来る、非常に柔軟性の高いスタジオとなっています。

詳細は、11月24日発売のサウンド&レコーディング・マガジン 2019年1月号のプライベートスタジオ特集で紹介されています。
https://www.rittor-music.co.jp/magazine/sound-recording/


今後こうした制作環境が増えて行くにつれて、良い立体音響作品も増えていくと思っています。


evala "hearing things #Metronome" (WIRED Lab., 2016)



2018/11/18

立体音場生成に必要なスピーカー配置のイメージ

イマーシブサウンドはスピーカーのチャンネル数や配置で生まれるものではありません。 ハイトチャンネルを加えた再生システムに対しミックスされた音楽を、すべてイマーシブと表するのは違和感があります。 その再生環境で全くイマーシブでないサウンドを作ることは容易に出来る訳で、イマーシブかどうかは作品によるところ。 映像や音楽作品では5.1chや7.1chの水平サラウンドが主流だったところに、ハイト4chを加えた形の増設再生システムなので、スムースな立体音場生成は難しく、イマーシブ(没入感)な音を鳴らすのはなかなか大変です。


まず再生フォーマットがあり、そこからの個別の音を上手く一つの音場として聴かせる




そうしたプロダクション制作とは別の流れで来た立体音響作品やVR音響では、まず立体音場生成を目的として再生システムを考えるので、もともと5.1chなどと言った再生フォーマットの縛りはなく、没入感ある音を鳴らすための最適なスピーカー配置を一から考える事が出来ます。
よって没入型VRのシステム設計において、自ら5.1chを提案したことはありません。


まず表現したい立体音場があり、それを生成するための台数や配置、手法を考える



アコースティックフィールドではよく、下層4chスクエア、上層4chスクエアのキューブ型スピーカー配置を行い作品展示をしていますが、それはフォーマットではありません。 その時に展示している作品が立体的な表現や臨場感、没入感を持つ作品なので、それに合せてスピーカー数と配置を考えた結果です。 立体音場生成のための最もミニマムな構成がキューブ型のスピーカー配置なのです。


下層4chスクエア + 上層4chスクエア スピーカー配置



立体音場を作るにあたり、耳の高さのスピーカー配置の優先順位は高くありません。 下と上に立体配置することが先となります。 その方がイマーシブに鳴らしやすいです。 なぜか、それが自然だからです。 人は日常的に全方位から音を浴びていますが、その状態を最も単純に構成出来るのが下層スクエア4ch+上層スクエア4chのキューブ配置になります。 耳の高さの前方に音があるから通常のL/Rスピーカーが必要、と言うのはチャンネルベースの考えが抜けていないから陥る落とし穴です。 2chの音楽制作においても、L/Rのスピーカーでパンを用いスピーカーの無い位置へ音像を定位させています。 Lスピーカーの位置からだけ音を出そうとミックスすることはまれな事ではないでしょうか? 音は空間に定位させたいのであって、スピーカーに定位させたいわけではないです。 その事を忘れると、とにかくスピーカーの台数を増やそうとする発想になってしまいます。 耳の高さの水平配置に上層を足すスピーカー配置は不自然です。 考えてみてください。 スピーカーが1台あったら、正面に置くのが自然かと思います。 2台なら左右に置きますね。 正面と左といった置き方はしません。 左右のスピーカー配置は縦方向に考えた場合上下となります。 そう考えれば耳の高さと上層だけと言うのはおかしいですよね。 また、耳の高さに上層とさらに下層を足し、天高が無いのに縦に3つのスピーカーを並べているのを見かけますが、立体音場を生成すると言う点から見ると無駄ですし扱いにくいシステムになってしまいます。 左右2chのスピーカーにセンターを足してLCRにすると扱い辛くなるのと同じです。 高さ方向も上中下の3点にしてさらに扱い辛くしてどうするのでしょうか。


5+4chのスピーカー配置のAmbisonics
左下の赤色のマップはエネルギー分布を表示
不均一なのが分かる
(IEM Plugin - AllRADecoder 使用)


8chキューブのスピーカー配置のAmbisonics
均一なのが分かる。それだけ無理が無い。

(分かりやすく説明するためAllRADecoderの設定方法は実際の使い方とは異なります)


均等に配置することが、Ambisonicsを扱う上でも有利な事を、鋭い方はすでにイメージされたかと思います。
アコースティックフィールドでは、長くAmbisonicsやチャンネルベースのミックスなどをこうしたスピーカー配置により混在させ、よりイマーシブな作品作りをサポートしています。


スピーカーの数が増えればそれだけスピーカーを個別に鳴らそうとする。 エンジニアもクリエーターも同じです。
そうなると「たくさんのスピーカーが鳴っている作品」が出来がちでイマーシブにはなりにくい。
逆にスピーカーが少なければ空間を鳴らす工夫をします。 その積み重ねによって作品にも没入感が出て来るのです。 システム側の考えとしては、アーティストが狙った表現を作り出しやすくするために、横方向と縦方向を区別せず同じ考え方をし、出来る限りスピーカー数は少なく、均等で自然な配置を心がけるのが、良い作品作りに繋がると思っています。


次回投稿の「プロダクションのスピーカー配置における立体音場生成」は続編になりますので是非。