2021/05/06

冨田勲「源氏物語幻想交響絵巻 Orchestra recording version」を聴いて



この作品はBlu-rayに、2ch、5.1ch、Dolby Atmos、Auro 3Dが収録され、CDに7.1.4chサラウンドをHPL化したバイノーラルがMQAエンコードで収録された、とても意義のあるパッケージ。
藤岡幸夫 指揮・関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏を、数多くのイマーシブサラウンドMixとそのHPLプロセッシングの経験を持つ入交氏が、壮大なスケールで仕上げた素晴らしい作品です。
今後の音楽制作において模範となるパッケージだと思う。

しかし、今回はその内容についてではありません。
この作品のCD盤をヘッドフォンで聴き感動しつつ、同時にある思いが湧いてきました。

誰もが思うことで、
「Blu-ray盤については2ch(192kHz24bit)以外の音源は誰もが聴けるフォーマットではないよな」と言うのがあると思います。
でもそれは対応のBlu-rayプレーヤーとAVアンプ、そしてスピーカーがあれば実現出来ますし、サウンドバーを使って比較的手軽にシステム構築出来るようになってきました。

そういうことでなく、

僕が望むように、2Mixしか無い長い時代が終わり、これからどんどん素晴らしいサラウンド作品が生まれて行った時、その作品の良さをスピーカーでは伝えることが出来ない、と言う話です。

冨田勲・源氏物語幻想交響絵巻のこのサウンドが、サウンドバーやイネーブルドスピーカー、そして360度スピーカーなどで伝わるだろうか?
いずれも正しいか正しくないかで言えば正しくは再生出来ない技術です。

エンジニアが伝えたかったサウンドのMixを再現するには、少なくともスタジオのように正しく配置し調整されたスピーカーシステムを持つリスニングルームが必要で、そうで無ければ作品の持つ良さをリスナーは感じとることが、それが良い作品であればあるほど出来ない。
もちろんオーディオは、古くから持っているシステムなりに楽しめればそれでよいので、リスナーは不幸ではない。
しかし制作側は不幸です。

以前からサラウンドは作っても聴いて貰えないとされてきたわけですが、今度は聴いてはもらえるが相変わらず伝えたいものが伝わらないし、そればかりか全く別のMixとしてしか聴いて貰えない、と言う問題に直面し始めています。

本作のBlu-rayに収められたDolby Atmos、Auro 3Dを聴ける人は何%だろうか?
その中でちゃんと7.1.4chにスピーカーを配置したホームシアターの様な部屋を持つ人は何%だろうか?

そうして考えると、現時点で冨田勲・源氏物語幻想交響絵巻の本来のサウンドを正しく且つ最も多くの人に手軽に聴いて貰えるのはCD盤のHPL音源です。

おいおい宣伝かよ、ではありませんw

つまり、

「音楽を聴く環境が、スピーカー主軸ではなくヘッドフォン主軸に、本当になってしまった。」

この作品を聴いて湧いてき思いはそれです。


制作側も、この作品をちゃんとデモしたいな、と思ったときに試聴環境は悩みどころなはず。
そのくらいスピーカーによる作品再生が困難になっています。

その状況で今後多くのエンジニアがサラウンド作品にトライし、多くの作品が生まれていくとき、スピーカーよりヘッドフォン&イヤホンで聴いてほしいと思うように必ずなります。
と言うか現段階で他に選択肢が無い状況と言っていいです。

制作側は、ヘッドフォンであれば伝えられる。
リスナー側は、ヘッドフォンの方が楽しめる。

リスナーが、先ほど言ったスピーカー配置と調整されたリスニングルームにオーディオ環境を近づけることは大変ですが、制作時にミキシングエンジニアが使用した同じヘッドフォンを買うことはそれほど大変ではありません。

作品のクレジットにモニターに使用したヘッドフォンを明記し、それをリスナーが購入したら、ほぼ制作した時そのままの音が聴けることになる、それもヘッドフォンリスニングの大きなメリットです。


僕自身は、
であるなら制作されたサウンドの意図をより忠実にリスナーへ届けようとするコンセプトで開発したHPLを、より一層広める努力をしようと考えますが、果たしてそれが未来の音楽にどのような影響を及ぼすのか?

これまで通り現時点で正しいと思うことをするだけではあります。